今回は、世の中に何も残してないなー、生きた証がほしいなーと思っていたときに、やはり日記がいいんじゃないかなーと思った筆者。しかし!書き続けることが難しいのが、日記。筋トレも三日坊主。ランニングも三日坊主。早起きも三日坊主の筆者が、日記を続けることに3年成功した秘訣をお伝えします。
日記
秘訣はコレ。
早速ですが、秘訣は、「10年日記」です!
僕なんかには、これがめちゃくちゃハマったみたいです。
これを使うことで、日記を綴ることが、苦じゃなくなりました。
むしろ、楽しくなりました。
なので、三日坊主だった僕でも、続けることができています。
現在、4年目突入中です。
もともと、旅行に行ったときとか、いい言葉だなぁと感じた時に、手帳に書いていました。インドの旅行中なんかは、メモ帳にメモメモしたり。気が向いたときに、言葉に起こしていました。
その時その時を楽しく、悩んだり、ぼんやりして、この世界の片隅で生きておりました。
いたずらに月日が過ぎて、歳だけ重ねていくことに、虚無感すらありました。
卑下するわけじゃないけれど、おしなべてその時その時をなんとかやり過ごしていることに、ふと、あれ、今までどうやって生きてきたんだっけなんて思ったりもしたわけです。
それなりに、人並みに、、、思い出もあったり、友人もいるけれど、
自分にはなにも残ってないように思えたのです。
あー、生きた証がなにか目に見える形で残すことができれば、
どれだけ自分が救われるだろうなんて思ったのです。
そんなときに、自分を救う何かだったり、時間だったりがあったら、
自分の背中を押すことができたり、励ますことができたりしたらいいなーと。
日記?やー、続かんよね。毎年、手帳を買っては、綴るけれど、続かず。
中途半端に書き足された手帳が溜まっていくのを見るのも、うんざり。
それが、一番嫌。
なんか場所を取らず、積み重ねてる感じが分かる感じのやつないかなー。
なんて、ぐるぐるしたときに、ひらめき来たっ!
10年分とかかけるやつあるんじゃね?
大至急、ググる、僕。
あるじゃないですか。
「10年日記」なるものが。
大至急、ポチる、右手の親指。
10年日記の魅力
1冊で10年分の軌跡が分かる
B5サイズで厚さは、2㎝くらいだろうか。
これ1冊で、自分の足跡が分かる。素晴らしいではないか。
場所を取らない。毎年、新調しなくてよい。
使えば使うほど、少しヨれたりするだろう。
それがいいな。味が出るではないか。
その日その日、
何をして、何を見て、誰と会い、誰と過ごし、何を考え、何を感じたのか。
そんな生きた証を綴ろう。
誰かが言った、
君が無駄に過ごした”今日”は、
昨日死んだ誰かが死ぬほど生きたかった明日なんだと。
そんな無駄に過ごした1日を記していこうじゃないか。
そんな1日1日を積み重ねて、「死」に向かっていこうじゃないか。
それは、少なくとも精一杯生きた軌跡だし、足跡。
10年後には自分の物語になってる。
僕なんかには、そんなんがちょうどいいみたいです。
1日3行、手軽すぎる
1日3行でいい。
3行しかないんだもの。
これも僕なんかにはしっくり。
無理はしない。
たくさん書けない、書かない。
時には、3日分とか4日分をまとめて書くことだってある。
自分の記憶力のなさにびっくり。
全っ然、覚えていない。天気さえ覚えていない。
笑えるくらい覚えていない。
その度に、毎日書こうと思うのです笑
2年目からさらに楽しくなる
同じ日が10年分まとめて見れるのがお気に入り。
1ページに、例えば、3月23日の10年分が詰まることになる。
2年目は、うわー、去年のこの日、これしてたんだーとか、
これしてた時から、もう1年なのかーと、しみじみする。
どんどん空白が埋まっていく感じが楽しかったりもする。
こんなに生きたんだと思う。笑
たいしたことしてねーなーと思う。
まとめ
この世界の片隅でひっそりと生きている自分の生きた証を綴る。
生きた証を残す。
誰に見せるわけでもなく。
それは、きっと、
時に、救ってくれたり、勇気づけてくれたり、背中を押してくれる。
10年後、
どんな顔で、どんな表情で、それを開いているのか。
楽しみで仕方がない。
それでは素敵な10年後に。
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